AIは発明者になれるのか?DABUS事件から見る最新動向と日本特許法の課題

近年、ChatGPTや画像生成AIをはじめとする生成AIが社会に急速に普及しています。研究開発の現場でもAIがアイデア創出や実験設計に活用されるケースが増えており、「AIが発明をした」と考えられる場面も出てきました。

この流れの中で世界的に注目されたのが、AI「DABUS」をめぐる特許出願事件です。本記事ではDABUS事件を起点に、「AIは発明者になれるのか?」という論点を整理し、日本特許法や実務への影響、今後の展望を解説します。


DABUS事件とは?AIが発明者と主張された国際的論争

DABUSとは何か

DABUS(Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience)は、AI研究者スティーブン・セイラー博士が開発した人工知能です。DABUSは自律的にアイデアを創出し、新規な技術的発明を生み出したとされました。

各国での出願と判断の違い

セイラー博士は、DABUSを発明者として特許出願を行いましたが、その結果は国によって大きく異なります。

  • 米国特許庁:AIは発明者として認められないと判断。
  • 欧州特許庁(EPO):同様に拒絶。
  • イギリス最高裁判所:人間以外は発明者になり得ないと結論。
  • 南アフリカ:唯一、DABUSを発明者とする特許を認めた事例。

この国際的な不一致は、AIと特許制度の関係をめぐる大きな議論を引き起こしました。


日本特許法における「発明者=自然人」の原則

法律上の発明者の定義

日本の特許法には「発明者」の明確な定義はありませんが、実務上「発明の創作行為に実質的に関与した自然人」が発明者とされています。つまり、法人や組織は発明者になれず、当然ながらAIも発明者として扱われません。

判例・実務での位置づけ

日本の裁判例や特許庁の実務も一貫して「発明者は自然人に限られる」と解釈しており、AIを発明者に記載した出願は受理されないのが現状です。


AIを補助的に使った場合、発明者は誰になるのか?

ChatGPTなどの利用例

例えば研究者がChatGPTを使って新しい実験方法を着想した場合、AIの提示をそのまま採用したとしても、「着想を理解し、具体的に実施可能な発明に落とし込んだ人間」が発明者とされます。

判断基準

  • AIが単なるツールとして利用された場合 → 発明者は人間
  • AIが創出したアイデアを人間が検証・改良した場合 → 発明者はその人間
  • AIが完全に自律して発明した場合 → 現行制度では発明者不在の扱いとなり、出願は困難

つまり、AIが関与する場合でも最終的には「人間がどの程度、創作行為に実質的に関与したか」が重要な基準になります。


実務的な注意点:AI時代に求められる対応

出願書類での発明者記載

特許出願時に「発明者」を誤って記載すると、拒絶理由や無効理由になる可能性があります。AIを発明者として記載することはできないため、AIが関与した発明であっても必ず人間を発明者としなければなりません。

社内規程の見直し

企業においては、職務発明規程や発明届のフォーマットをAI時代に合わせて更新する必要があります。

  • AIを活用した発明の扱いをどうするか
  • 発明届に「AI利用の有無」を記載させるか
  • 発明報奨制度にAIの関与をどう反映させるか

これらを事前にルール化しておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。


今後の展望:AIと特許制度の未来

国際的な議論の広がり

世界各国でDABUS事件を契機に議論が進んでいます。特に米国では「AI補助下の発明」をどのように評価するかがホットトピックとなっており、日本でも同様の議論が広がることが予想されます。

法改正の可能性

現行法ではAIを発明者と認める余地はありませんが、将来的には次のような制度改正が検討されるかもしれません。

  • 「AI補助発明」を特別に区分けする制度
  • 発明者と別に「貢献者」を明記できる仕組み
  • 出願書類にAI利用を申告するルール

実務家への影響

弁理士や知財担当者にとっては、

  • AI活用を前提とした発明者認定
  • グローバル出願時の各国制度の違いへの対応

が今後ますます重要になっていくでしょう。


まとめ

AIは急速に研究開発の現場に浸透しつつありますが、現行の日本特許法では「発明者=自然人」という大前提があり、AIを発明者と認めることはできません。
しかし、DABUS事件をきっかけに国際的な議論が進んでおり、将来的には「AI補助発明」の制度化や法改正が検討される可能性もあります。

現時点で企業や研究者が取るべき対応は、

  • 発明者の記載を厳密に管理すること
  • 社内規程や契約にAI利用を織り込むこと
  • 国際動向を継続的にウォッチすること
    です。

AIと特許制度の関係は、今後10年で大きく変わる可能性があります。今から準備を進めることが、知財戦略の競争力を左右するでしょう。